自己修復中のたわごと

日々食べたものの記録と雑感など

三ノ輪 土手の伊勢屋

今日の夕食は自家製鮭の粕漬けでした

---

東銀座の宿を9:00頃チェックアウトしてこの日の訪問先の幕張に向かう。
当初の目論見では昼頃に幕張を後にして都内に戻り、ゆっくり昼食を食べてから大阪に戻るつもりだったのだが、思いのほか幕張で過ごす時間が長く、しかも昼食は食べれずじまいで東京駅に戻ってきたのが17:00頃だった。

昼食抜きだったのでものすごい空腹を抱えながら地下鉄に乗り、昼食に行くつもりだった三ノ輪の「土手の伊勢屋」へ。
この店は以前からいつか行こうと思っていたが、なかなか行くことが出来ずにいた天丼&天ぷらの店だ。

以前北新地で江戸前天丼は食べたことがあったが、本場の歴史ある店で天丼を食べるのは初めてで期待に胸が膨らむ。
17:30頃に地下鉄日比谷線の三ノ輪駅に到着。改札を出て道沿いに10分弱歩くと天ぷらの匂いが漂いだしたので店が近いことがわかる。
その後すぐに渋い店構えのその店を発見することが出来た。

店内は年季の入りまくった民家風。創業は明治22年だそうで、店内の柱や梁、黒光りしている三和土に深い歴史を感じる。
よく言われることだが、こういった店が戦災を逃れて現存しているのはまさに奇跡だ。

店内には先客は3組のみ。4人がけのテーブルに席をおろし、「天丼(イ)」(\1,400)・「天丼(ロ)」(\1,900)・「天丼(ハ)」(\2,300)の中から「天丼(イ)」と「おみそ椀」(\150)をお願いする(イ→ロ→ハと値段が上がるに従い、天ぷらの種類や量も多くなる)。
老舗なのだがホール担当の店員さん2人は20歳そこそこの今風の男女だ。

座った席から厨房内の揚げ場が見える。
天ぷらを揚げているのはこれまた若い職人さんだ(後で調べたら四代目だった)。

やがて運ばれてきた天丼はごま油のかぐわしい香りと湯気で素晴らしいプレゼンテーションだ。
天ぷらは海老が2本・イカのかき揚げ・穴子のようだ。
もう空腹の最北端にいたので携帯で写真を撮るのもそこそこに丼にしがみつく。

空腹のせいもあるのだが一口目からガツン!とうまい。
天ぷらは思いのほかボリュームがあり、海老の揚げ具合はさっくりプリプリ。
意外だったのだが、タレの味が私のような関西人にもそれほど甘濃ゆくなく、ワシワシと箸を進めることができる。

イカのかき揚げは1cm角くらいの立方体に切られたイカの身が何個もかき揚げになっているのだが、これがまた柔らかく、食べても食べてもイカの身が出てくる。
イカ好きにはたまらないかき揚げだ。
穴子の天ぷらも小ぶり(10cm)くらいだが、きっちりと泥の味がして非常にうまい。
人によっては泥臭いと感じるかもしれないが、私にしてみればうなぎや穴子など汽水域~河口付近に住む魚の味は泥の味がしないとうまくない。

味噌汁は三つ葉たっぷりで5mm角くらいに切った小さい豆腐がたくさん浮かんでいるもの。
大根のお新香も箸休めにぴったりだ。

池波正太郎さんがエッセイに「天ぷらは腹を空かせた状態で親の敵のようにガツガツ食べなければいけない」というようなことを書かれているが、この時の私はコンディション的にはまさにそのとおりだ。
(といっても池波さんは、天ぷらを揚げる職人さんはタネの火の入り具合を綿密に計算しながら揚げているので、出された天ぷらは揚げたてをどんどん食べて行く必要がある、という意味で書かれているのだが)

気がつけばもう天丼はなくなっている。最後まで飽きることなくおいしくいただけた。
この手の食べ物は空腹な状態でガツガツ食べるのが一番だと改めて実感した。

会計をお願いすると、揚げ場の中から先代のおかみさんらしき女性の声が聞こえた。
私が店を出るときにも「ありがとうございました。またのお越しを」とおかみさんが声をかけてくれる。
長い歴史を持つ店なのにおかみさんの声は柔らかく、とてもいい気分で店をでることができた。

ボリューム的にはまだまだ天ぷらは食べれそうだったので、次回再訪した時には1ランク上の「ロ」を食べてみようと思いながら三ノ輪まで歩いて帰る。
もちろん次回も昼食抜きで来るつもりだ。







関連記事
コメント : 0
トラックバック : 0

コメント